インタビュー / 高宮永徹 / Flower Records

3月27日、デンマークのバレアレス音楽協会、Music For Dreamsは、Oto No Waというコンピレーションをリリースします。アルバムには、30年に及ぶ日本の音楽が含まれています。音楽は友達の日高健、マックス・エッサ、そして私が選びました。14曲のうち3曲は、別の音楽団体である東京のFlower Recordsから許可してもらいました。フラワーレコードは、高宮永徹が設立および所有しており、20年以上にわたり日本のダンスミュージックをアンダーグラウンドでサポートしています。レーベルはレコード盤とCDをリリースし、パーティーを開き、さらにはPhonoと呼ばれる無料の雑誌を発行しました。Oto No Waとの交流は、高宮さんにいくつか質問をする絶好の機会を与えてくれました。

出身はどちらですか?

僕は日本産まれのコリアンです。東京の立川という、都心よりも西側に位置する郊外で産まれて育ちました。高校生の頃は、よく新宿のディスコに通っていました。

いつからDJを始めましたか?

僕のDJのキャリアは1989年から始まりました。それは地元の立川で、仲間と始めたJungle Nightというブロックパーティでした。

プレイしたかもしれないレコードを覚えていますか?

Soul 2 Soul, Cold Cut, Jungle Brothers,,,, これらはきっとプレイしたと思います。

DJを始めたきっかけは何ですか?

元々12歳の頃からレコードを買い始めていましたが、20歳頃、時代でいうと1985年頃によく通っていた、それまでの商業的なディスコとは対象的な、サブカルチャーとしてのクラブの影響を受けて、仲間内でホームパーティーの際にレコードを持ち寄って遊んだのがきっかけです。

どんな音楽を聴いてましたか?

7-8歳の頃、TVでやっていたSoul Trainを、従兄弟のお姉さんと一緒によく観てました。そのお姉さんがJBやMotown、Phillyなどを聴いてたのを、一緒に聴いてました。11-12歳の頃、よく近所の先輩にビートルズやディープパープル、キッスなどのロックを聴かせてもらってたのですが、自分でもレコードが欲しくなってレコードショップに行った時、店内BGMでEarth, Wind & FireのAll ‘N All を偶然聴いてしまい、衝撃を受けました。それ以来、ディスコ、ソウル、されからクロスオーバーや、いわゆるAORなどをよくラジオやレコードで聴くようになりました。

どのクラブに行ってましたか?

新宿のディスコはB&B, Xenon, New York New York, Black Sheep, GB Rabbitsなどかな。その後は西麻布や渋谷のToros, Red Shoes, 第三倉庫 (Third warehouse), Hip Hop, Club D, Mix 69, Bankなどなど、いろいろ行ってましたね。

Goldのようなクラブに行きましたか?

Goldも遊びにも行ったし、たまにDJもやってました。

Houseのレコードを初めて聞いたときのことを覚えていますか?

曖昧な記憶ですが、いろんなクラブでスカスカなスクエアビートのトラックが延々と流れているのを何度か体験し、それがハウスだという事を友達に教えてもらいました。それからTRAXやDJ International, Nu Grooveなどのレコードを、ショップのオススメコメントを読みながら買ってました。

音楽を作り始めたのはいつですか?

以前からシンセを買って遊んでましたが、本格的に作り始めたのは、90年にAKAI S950を手に入れてからです。

どんな機器を持っていますか?

当時は上記のサンプラーと、Roland TR-808, Juno 106, それらを走らせるシーケンサーのRoland MC500mk2ですね。808はサンプリングして鳴らしてました。これらの機材は殆どまだ持っていますし, いろいろ増えてしまい。今は倉庫に保管しています。現在はコンピュータと仲間のミュージシャンの生演奏で作ることが多いですね。あ、808は2000年前後に盗難に遭い。今は手元にありません。

音楽のトレーニングはしましたか?

独学です。

いつ、なぜFlower Recordsを始めましたか?

始めたのは1995年です。DJを積極的にやっていくうちに仲間が増えていったのですが、気がつくとトラックを作ったてる仲間も多くて、みんな作品を発表したいと思っていたんですね。その頃僕は、周りのみんなよりも少しだけRemixやトラック制作などの仕事をしたり、スタジオ経験があったので、そんな仲間たちの作品を世に出せる機会を作りたくて始めました。

レーベルに最初にサインしたアーティストは誰ですか?

自分自身と弟のバンド、Reggae Disco Rockersです。

レーベルのアーティストたちは全員があなたの親しい友人でしたか、それとも未知の人からデモをリリースしていましたか?

最初の頃はみんな知り合いでした。もしくは知り合いの紹介など。そのうちクラブ雑誌”Remix”などに、僕がDJチャートを載せる際に、デモテープ募集と書いたりした頃から、沢山のデモが届くようになりました。Jazztronikは、デモテープで見つけた代表的なアーティストですね。

MarboNoriKaoru InoueKenji Takimiなどの他のDJを知っていましたか?

DJ NoriさんはGoldでプレイされている頃に知りました。程なくしてレコードショップのスタッフに紹介されて知り合い、それから交流が始まりました。そしてFlower Recordsにて2タイトルのNoriさん監修のコンピレーション・アルバム、そしてNoriさんの作品であるNORI’s EPを共作しました。

Marboさんは青山Loopで知り合ったと思います。彼からはスピーカーを売ってもらったりしましたね。Kenji Takimiさんはクルーエル・レコードの方として勿論その存在を知っていましたし、リミックスをお願いしたこともあります。 Kaoru Inoueくんは、Chari Chari名義で作品をリリースした頃に、やはりレコードショップの方に紹介してもらいました。

hiroshi fujiwara HFTG

The Galleryパーティーや、KayDavid Mancuso Loftパーティーに参加しましたか?

勿論です!最後の方はなかなか行けませんでしたが、中期まではよく遊びに行っていました。The GalleryではLittle Big Beeとしてライヴもやりましたね。そして、The Galleryのコンピレーション・アルバムはFlower Recordsからリリースしました。

flower records gallery art edit

ロンドンでは、Flower Recordsを購入できたのはVinyl Junkiesだけでした。Vinyl Junkiesとはどのような関係だったのですか?

名前を忘れてしまいましたが、日本人のスタッフがVinyl Junkiesで働いていたんだと思います(Toru Yo – thank you Chuggy Leath)。その彼が直接我々に連絡をくれて、それから商品を卸すようになりました。

ロンドンには訪れましたか?

はい、一度だけ訪れたことがあります。

ロンドンでDJをしましたか?

いつだったか、、、確か1999年とか2000年辺りだったと思われますが、僕とToshiyuki Gotoくん、そして当時Flowerのスタッフとして働いていた(現在はUnknown Seasonというレーベルをやっている)。Yoshi Horinoくんの3人で、London, Brighton, Grasgow, Manchesterの4カ所をツアーしました。クラブの名前は、、ゴメンなさい、、覚えていません…

他の都市、他の国でも同様のつながりがある店は他にありましたか?

他ではChicagoのDusty Grooveというディストリビューターと取引したり、NYCのSoundmen On WaxとPress & Distributionの契約をして、作品をリリースしたりしましたね。あとは韓国のレーベルと契約をして、定期的にライセンス・リリース(CDと配信)もしていました。

私と日高健とのつながりは、FlowerPhono誌を通してです。私はPhil Misonとのインタビューの資料があります。フォノについて詳しく教えてください。

Phonoはご存知のようにクラブシーンに特化したフリーペーパーでした。もともと日本にはRemix、Loudなどのクラブ系雑誌がありましたが、だんだんとバーター記事が増えていき、現場のリアリティとの乖離が目立つ部分がありました。Ele-Kingはそれでも、リアルなインタビューなどを掲載していたと思いますが、フリーペーパーとしては皆無だったと思います。そんな時に、岡本俊浩くんというライターさんに編集長を務めてもらい、アンダーグラウンド・シーンを彼なりに深く取材してレポートしてもらうことを目的として、発刊しました。広告も出来るだけ機材メーカーや小さく分けて地方のクラブなどにお願いして、レコード会社のリリースに合わせたバーター記事などは、極力掲載しないようにしていました。もちろん日高くんにもかなりの部分で協力してもらいました!おかげさまで各地での評判はとても良く、頑張って数年間は続けたのですが、体力的な限界を迎えてしまい休刊してしまいました。だけど今思うと、やって良かったと心から思っています。当時のクラブシーンに関心のある人たちに、それなりに意義のある情報をお伝えできていたと思います。

私たちはOto No Waの新しいコンピレーションの為にScubaGradual Lifeの使用許可は取得しました。どちらもSilent Dreamミックスから選抜されています。Silent Dreamについて詳しく教えてください。いつ、なぜそれを作ったのですか?

Silent Dreamは、確か2006年か2007年だったと思います。新しいリリースのアイデアを考えていた時に、スタッフからMix CDをやって欲しいとの提案があったのですが、僕自身あまりストレートなMix CDには関心がなくて、それならFlowerの楽曲を使ったチルなMix CDにしたら面白いんじゃないか、と思い立ちました。それから選曲作業をしながらマルチを立ち上げて、Silent Dream Versionを制作してミックスしました。Vol.1は僕が、Vol.2は池田正典くんにやってもらいました。今年か来年あたり、久しぶりにVol.3を出せればいいなと思っています。

西ではScubaGradual Lifeのトラックを求めていることをご存知ですか?

いや、よく分かっていません。

Scubaを普及させたのはモーリス・フルトンだったことをご存知ですか?

それは初めて知りました!嬉しいですね。日本ではDJ NORIさんやHIKARUさんらがパワープレイしてくれていることは聞いていましたが、とても嬉しいです!

私はいつもFlower RecordsJazzy Houseに似ていると思ってました。ジャズの影響を受けましたか?

ストレートなジャズよりは、フュージョンの影響は確かに受けていると思います。

あなたの好きなアーティストは誰ですか、またはあなたの好きな作品は何ですか?

中学生の頃、ディスコやソウルと並行して、フュージョンやジャズファンクなどは聴いていましたね。あの頃のHerbie HancockやBob James、Crusadersなど。また、渡辺貞夫や日野皓正などは、コマーシャルに売れていたこともあって、良く聴いていました。

現在、日本の音楽は西洋で再評価されています。Best Of Flower Recordsコンピレーションのリリースを検討したことがありますか?

過去にレーベル発足10周年の時は、コンピレーションを作りました。“10”と、”10R”です。あれから更に時間が経過しているので、今の感覚で再度編集したコンピレーションは出してみたいですね。しかしその時には、外部の人にコンパイラーとして関わってもらう方が面白いかも、とチラッと思っています。

まだ音楽を作っていますか?

レーベルとしてはもちろんリリースを重ねています。僕自身も制作意欲は高いのですが、他のアーティスト作品のディレクション、ミキシング、マスタリングを優先的に行っています。今年こそは自分の作品も完成させたい!

まだDJしていますか?

はい。毎月第一土曜日に、渋谷のClub BALLにてEmeraldというパーティを開催しています。ちょうど先日、このパーティの20周年でした。また、毎週金曜日は渋谷区幡ヶ谷にある、僕が運営しているSCUBAというBarでゆるく回しています。

Emerald at Club BALL Shibuya

音楽を聴くためのお気に入りの場所はありますか?

最近は自宅で5歳の息子と音楽を聴くのがお気に入りです。

踊りに行くお気に入りの場所はありますか?

あまり時間を取れず、頻繁に出かけることは出来ませんが、たまに行く場所としてはShibuya Bridge、Hachioji Shelter、Shibuya Ball、Shibuya The Room、Asagaya Cafeinなどですね。

まだレコードを購入していますか?

はい!今はJuno Recordsが多いですね。あとはHMV Record Shop、Disk Union、それにDiscogsも利用しています。

Flower Recordsのサウンドはどう変わりましたか?

どんどんBPMが遅くなってきていますね。それと現在日本のマーケットで12”を一定枚数売るのがかなりハードルが高く、どうしても7”のリリースが中心になっています。従って、現在は楽曲の長さも4分から4分45秒くらいまでに収まるものが中心になっています。

現在、どのアーティストと仕事をしていますか?

これはあまり以前から大きな変化はありません。Reggae Disco Rockers、Slowly、ONEGRAM、Cruisic、そしてCoastlines及びMasanori Ikedaくん。彼らとはパーマネントにやり取りしています。

Coastlinesの成功に驚きましたか?

ある程度のリアクションはもちろん期待していましたが、予想以上の反応があったことは正直驚きましたし、とても嬉しかったです。Masanori Ikedaくんとは、もうずっと一緒に仕事していますが、ようやく彼の才能をFlower Recordsでもちゃんと紹介できたと思います。また、日高くんはじめ、Lone Star Crewの皆さんのサポートもとても大きかった!皆さんにとても感謝しています。

Flower Record2020年以内の計画は何ですか?

現在、ONEGRAMとSlowlyのアルバム制作を行っています。新型コロナウイルスの影響で、リリーススケジュールに狂いが生じる可能性はありますが、どちらも今年中には発表できるかと思います。それと、、、自分の作品を頑張って作ります!

Oto No Waは3月27日にMusic For Dreamsでリリースされます。

 

 

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google photo

You are commenting using your Google account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s